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商品の文脈


今日におけるマーケティングの “べき論” を集約するとすれば、それは顧客を中心に据えた形に組織全体を方向付け、顧客の声に耳を傾け、最大限の顧客サービスを提供することによって、顧客満足を獲得する...ということになるでしょうか。 しかしながら一方で、現実世界において成功しているブランドは、反対に顧客の心の中心に自らの商品を位置づけているようにも思えます。ルイ・ヴィトンのように絶対に値下げをしないブランドや、その大きな業績変動にも負けず長年維持されてきた アップルのブランドイメージに共通しているのは、顧客におもねるのではなく、顧客を引き寄せ、魅了し、自らのポジショニングによって顧客を選択しているということです。これらのブランドを冠した商品は、顧客を魅了するような “見えない何か” を身にまとい、あまたのコモディティ商品と同じ Feature-Function でコモディティ化からの脱却を果たしています。ルイ・アームストロングのダミ声は iPod でもその他の MP3 プレイヤーでも変わらずに美しく、純粋な機能という点での違いは、あったとしても微細に過ぎません。

もちろんこれらのブランドが顧客の支持を集めるために努力をしていないと言うつもりはありません。iPod が Windows に対応するという事態は消費者から見れば当然かもしれませんが、企業論理としては一大決心だったことでしょう。しかしながら Windows に対応する MP3 プレイヤーは他にも存在し、 その中で iPod が支持される理由は、アップルが長年培ってきたクリエイターカルチャーと、その美意識にふさわしいプロダクトデザインという文脈であり、ある種の選民思想的な頑なさを顧客が味わえることにあります。同様にルイ・ヴィトンの値下げをしないという姿勢は、商品に対する自信の表れであり、 旅行カバンの老舗としての歴史と、品質という文脈を暗示させることに成功しています。興味深いのはこのような排他性が逆に欲望を刺激し、良い商品であるという社会通念をもたらし、結果的にポピュラリティを得ていることです。

しかし、残念ながら、すべての企業がこのような、社会通念にさえなりうる破壊力を持った文脈の商品を持つことはできません。無理とは言いませんが長い年月と膨大な投資を必要とすることでしょう。また、商品至上主義、もしくは顧客至上主義のどちらかに偏ることもあまりにステレオタイプ的なモノの見方です。 でも、ある顧客の特定シーンにとって強力な文脈を持つ商品、もしくはある特定の商品がもっとも意味を持つ顧客の文脈を理解することができれば、それは細分化された特定の市場において、メジャーブランドと同等の訴求力を持つことを意味します。

商品の文脈

前回の連載において、顧客文脈の理解について整理してきました。特定の商品案内に対してレスポンスを示すことが期待される顧客を抽出するアプローチを採択する場合、レスポンスのボリュームと率のトレードオフが存在します。抽出条件を絞り込めばレスポンス率は上がりますが、期待するボリュームに届くかは分かりません。逆に絞り込みが緩ければレスポンス率は下がり、キャンペーン効率は落ちることになります。ビヘイビアル属性の利用がこのアプローチの改善に寄与する可能性を前回ご紹介してきましたが、一方でビヘイビアル属性やその変化によって認識されたセグメントに応じて、さらに案内する商品を調整、変更することができれば、案内上の無駄を最低限に抑え、その裏返しとしてレスポンスを向上させることが可能となります。このような個別対応の手法は一般にパーソナライゼーション、もしくはマスカスタマイゼーションと呼ばれますが、このような手法を実施していくためには、前回ご紹介した顧客文脈に加え、商品の文脈を理解することが必要になります。この観点が置き去りにされた見当違いの個別対応は画一的な商品案内よりも醜く、不自然であり、より低いレスポンスになる危険性があります。

文脈に傅くマーケティングを実現していく上で常に念頭に置くべきポイントは、マーケティングメッセージがその顧客にとって自然であり、必然であるということです。従って個別対応を行い、ある特定の個人に他の人とは異なる商品を案内するのであれば、 “何故その商品なのか?” という理由が明確である必要があります。そして、これに対する答えこそが、その商品の持つ文脈です。

想定マーケティングシナリオ

前回同様スキンケアの化粧品を想定したマーケティングシナリオを考え、命題として美容液とファンデーションの2つの商品に関して、それぞれの顧客にもっともフィットするであろう商品を提案することにします。シナリオをシンプルに保つため、美容液はシミ、しわ、たるみ、肌あれの4つのテーマに対応する商品、そしてファンデーションは、色目として5種類の色目に対応することにします。

  1. カウンセリングによる案内商品の調整 最初に、必要な顧客文脈を取得/理解する必要があります。取得可能な顧客文脈として最も強力なのは、店頭や訪問におけるカウンセリングとなることでしょう。実際にカウンセラーが対応し、必要なテスティングや対話を経ることによって、提案するべき商品を確定することは難しいことではないはずです。

  2. アンケートデータによる案内商品の調整 次善の策としては、アンケート等によりデータを取得することになります。美容液であれば、どのようなテーマを自分の肌に対して感じているかが分かれば、それに対応する商品を確定することができます。ただし一方でこれは個人的な感覚であり、実際の肌の状態は、カウンセラーが客観的に見た際には異なるかもしれません。そのためこれはあくまでも次善の策となります。

  3. ビヘイビアル属性による案内商品の調整 最後に、取引実績データからの把握です。この場合、リピート購入が顧客の商品に対する満足を代替表現しているという前提に基づいています。しかしながら肌状態の変化や、本当にベストフィットかを確認するために、時折、別な商品サンプルを送付することも必要かもしれません。ファンデーションであれば色目が現在使っている購入商品に近い商品がサンプル案内としてふさわしいことでしょう。また、肌が乾燥しがちな冬場には保湿成分をより多く含むサンプルを案内する等も考えられます。

以上の3つから前回ご紹介したようなセグメント化を行うことにより、それぞれの顧客文脈を理解することが可能ですが、重要な点は顧客との対話の深さが提案すべき商品に対する確信度を向上させるという点です。収益上すべての顧客からカウンセリング結果のデータを取得することは難しいですし、一方で新規顧客に対してはまったく文脈が存在しない中から始めていくしかありませんが、これらの対話を徐々に深め、その顧客の文脈を理解していくことにより、よりその顧客にフィットするであろう商品を絞り込んでいくことが可能となります。また、例えばアンケートデータとビヘイビアル属性の併用により、案内商品に対する確度をより高めることも考えられるでしょう。

商品の属性と個別対応

以上のような形で、取得した顧客の文脈に応じて提案商品を調整することができれば、より高いレスポンスを顧客から得ることが可能となるはずです。ここで調整するべき提案商品の属性はシミ、しわ、たるみ、肌あれの4つのテーマに対応する成分であり、ファンデーションにおける5種類の色目です。これらはそれぞれ対応する顧客文脈が異なり、この属性こそが商品の文脈を表します。上述の例以外にも、商品属性には様々なものが考えられます。例えば価格という属性は、その顧客にとっての支払い許容度や、その商品によって解決されるべきテーマの生活における重要度や緊急性に大きく依存することでしょう。重要な点は、自社の事業ドメインから提供できる商品レンジとその価値や訴求点を定義/ 理解し、それを代替表現する機能や属性に結びつけ、商品の文脈として定義することです。さらには、顧客毎の文脈とフィットする商品文脈を結びつけることによって、個別対応を実現することが可能となります。

シナリオでご紹介したような商品属性をそのままフラットに訴求すれば、コモディティ化や機能比較の波から逃れることはできません。一方で、1から3のような対話を経て、フィットする商品を提案することができれば、その商品は顧客にとって自然であり、必然となります。例えば、収益性があるという前提において、顧客に応じてシミとしわの両方に対応した個別配合の美容液や、5種類の色目盛の間にある色目を用いたファンデーションを案内することができれば、それはそれぞれの顧客に対するベストフィットとなることでしょう。このとき、ある細分化された市場(例えば顧客番号#3244465の顧客)にとって、もっとも訴求力のある商品を提示していることになります。この顧客文脈を持つのは自社だけであり、他社のいずれも同じ文脈に添った商品を提案することができないのです。

次回のテーマは時空(タイミング及びチャネル)の文脈です。ご紹介してきた顧客文脈、商品文脈を引き合わせ、購入に必要な文脈を形成していくのにふさわしい時空を選択するというテーマについて論じていきます。

この記事は月刊 『アイ・エム・プレス』 (2005年12月号 Vol. 115)に掲載されたものです。