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魅力ある商品


映画「ブレードランナー」のオリジナルで、Sci-Fi小説のクラシックでもある「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」の世界。あらゆる動物や昆虫のペットがその希少性から高価なものとして扱われ、代わりに本物とは見分けもつかないほど精巧に作られた電気仕掛けのペットが、代用品としてお手頃な価格で売られています。映画でハリソン・フォードが演じることになる主人公は、1匹の電気羊を飼っています。でも、他人にはその電気羊が餌をエネルギーに変えて永遠に動き続ける、精巧なニセモノなのか、それとも本物なのかは外見から判断できません。これを見分ける唯一の違いは、本物には死が訪れるという事実だけです。

奇妙なのは、希少性と豊富さ、高い値段と安い値段、ホンモノとニセモノ… 1匹の羊を巡る評価が、我々が住む現実世界とは大きく異なる点です。しかもそれを決めるのは、死が訪れるか否かという極めて皮肉な事実だけ。でも、モノの価値というものは、そんなものなのかもしれません。時と場合によってモノの価値は大きく変わります。モノを、つまり商品やサービスを買わせることが生業のマーケティング担当者にとって、その職務の中で出来ることは、モノの価値がもっとも高く評価される時と場合(=市場)を見つけ出すことであり、モノの価値がもっとも高く評価される時と場合を創り出すことであり、そして、時と場合がもっとも高く評価してくれるようモノを調整したり、改善したりすることです。以降、モノ(=商品やサービス)を中心にマーケティングを捉え、現代的なマーケティングメソッドの根幹をなす「顧客志向」を、単に「手法」として利用することによって、マーケティング活動、ひいては企業収益にどのように良い影響をもたらすことが出来るかを考察していきます。

愛される理由

とはいえ、現代におけるマーケティングやマネジメント論の権威が言う、顧客志向、顧客第一主義、お客様は王様で、神様で、顧客を中心に据えた経営を…云々といったスローガンは甘美であり、お金を払う顧客の立場から見ても極めて理にかなっています。それらに対して反旗を翻すつもりはありません。ただ、企業が顧客に “I love you.” と宣言し、ささやきかけるのは良いとしても、顧客が企業に、またはその商品やサービスに “I love you.” と返してくれるとは限りません。顧客が “I love you.” と返してくれるとき、それはその顧客(=市場=時と場合)にとって、何らかの魅力があるときです。そしてその魅力こそが愛される理由であり、「愛される」とまではいかないまでもその商品やサービスが購入される理由なのです。人間であれば恋愛中毒や片思い、自己犠牲もその個人の好きずきですが、企業とは本来、(社会倫理や法律の範囲内において)セルフィッシュな性格を持つ法人格であり、その目的は自社の収益を最大化することにあります。

そう、企業の最終目的は顧客に “I love you.” と言うことではなく、“I love you.” と言わせることです。もちろん “I love you.” と声高に謳い、それを誠実に証明することで顧客からの “I love you.” を勝ち獲るのであれば、それも 1つの立派な「手法」です。でも同時に、多かれ少なかれ存在する魅力が武器であるとした場合、その魅力が最も映える市場を見つけ出し、市場にその魅力を気付かせ、必要とあらばその魅力を最も活かせる市場を創り出し、市場が感じる魅力をリサーチの上、調整して改善することも “I love you.” の一言を得るための極めて正当な「手法」の 1つと言えます。これらの「手法」はいずれも衝突する概念ではなく、共存できる概念です。顧客が特定の企業における商品やサービスを購入する際には、何かしらの理由が存在します。また企業から見た際にもある商品やサービスを、特定の顧客に対して提供する際には、やはり理由が存在します。理由という言葉は英語で Reason と訳され、理由が十分にある、つまり合理的であることを Reasonable と表現します。アダム・スミスの「神の見えざる手」は、需要と供給の合致する部分に経済活動が生まれることを教えてくれますが、顧客と企業の両者それぞれに合理性があるとき初めて、取引(購買/販売)が発生するのです。1つの取引が発生するとき、常にそこには顧客と商品が存在します。どちらかが欠けたら…当然ですが取引は成立しません。

もし、過剰なほど顧客志向に傾注し、顧客に迎合しているにも関わらず、マーケティングや企業活動の成果が期待通りでないのであれば、商品やサービスの持つ魅力にまつわる「手法」も検討すべきです。自社が標榜する顧客志向が、競合他社のそれと同質化しているのであれば、商品やサービスの持つ魅力にまつわる「手法」は、考慮に値します。もちろん現代マーケティング/マネジメント論の権威が言う「顧客志向」は神棚に祭ったままで構いません。繰り返しますが、これら 2つの概念は相反するものではありません。強力なプロダクトアウトは逆らいがたい魅力で顧客にアピールし、顧客に価値を与えます。これは顧客志向以外のなにものでもないはずです。ここでのテーマは、顧客志向の考え方を手段として用いることによって、悪名を着せられた感のあるプロダクトアウトという概念が持つ価値を、再発見することにあります。

商品の魅力

それでは、商品の魅力とは何でしょうか。単純に考えれば、それは商品の持つ「属性」に内在します。シャツであれば、色、サイズ、袖丈、襟筋のデザイン、価格等が挙げられます。自動車保険であれば月々の支払い費用や、適用ケースの多様さ、事故時のサポート体制等がこれにあたるでしょう。しかしながら冒頭に述べたように、モノの価値は、時と場合によって大きく変わります。そして、この「時と場合=ケース」こそが市場であり、ある時空に存在する顧客の一人ひとりです。七分袖を好む顧客と、好まない顧客は存在しますし、同じ顧客でもシーズンによっては七分袖を欲しいと思うかもしれません。このため、以下の 2つの観点から商品の魅力を理解する必要があります。

1. 商品が保持する属性を理解する 2. 商品が置かれる環境を理解する

最初に理解されるべきは、その商品が持つ属性であり、これは大概においてその企業が有している情報です。その多くは商品開発時にスペック(仕様)として定義されているものです。次にその商品がある市場に投げ込まれたとき、どのように写るのかを理解する必要があります。環境の中にその商品を位置づけて見ていく必要があるのです。ここで 2. は、一般にエクスペリエンス(体験)という言葉で表現されます。これは、購買時におけるエクスペリエンスと共に、購買後のエクスペリエンスも考慮されなければなりません。また、購買後のエクスペリエンスを購買時のエクスペリエンスにフィードバックさせることも必要となります。つまり、「どのような環境下でその商品を買うのか」という点と共に、「どのような環境下でその商品が利用/消費されるのか」が理解されなければならず、その利用/消費イメージを、購買タイミングにおいて再現し、消費者のイメージを膨らませ、イメージに圧倒的な現実感を持たせなければなりません。

魅力と市場の位相

商品の魅力が理解できれば、それを現実の市場に当てはめる準備が整います。そしてこの作業こそがマーケターなる人種のレゾンデートルです。大枠において、商品の魅力と市場を引き合わせるためには、以下 3+1つのアプローチが考えられます。

1. その商品の魅力が最も映える市場を見つけ出すこと 2. 市場にその商品が持つ魅力を気付かせること、誘導すること その商品が持つ魅力を最も活かせる市場を創り出すこと 3. その商品に市場が感じる魅力をリサーチして調整し、改善すること

1. は、もっともオーソドックスなアプローチです。存在する市場と、存在する商品の自然なフィットを発見することです。市場において何らかの強み、リーダーシップを持つ商品であるとき、これは最も素直なアプローチであると言えます。これに対して2. と 3. は、市場と商品の位相にズレが見られる中、どちらかを変容させることによってフィットを生み出すことが、アプローチの根底にあります。市場の側のマインドセットを、自社に都合の良いよう変化させたり、覚醒させたりすることも考えられますし、一方で商品の側の魅力を市場のマインドセットに合わせて調整することも考えられます。これらのアプローチは、追加的な資本投下によって、フィットを増加させ、投下資本以上の効果を得ることが目的です。違いは、投下する資本の対象がマーケティング経費となるか、それとも商品開発の費用となるか、だけです。

そして は、大きなイノベーションや、それに伴って発生する地殻変動によって創出された市場 -例えば電話やインターネットのような- と捉えられます。だた、このようなごく稀に起こるパラダイムシフトも、2.の延長線上にある考え方の 1つです。電話を例に取れば、コミュニケーションそのものを目的とした「長電話」は、電話の発信元と着信先が一緒に過ごす時間の代替と捉えることができます。同様に電話というテクノロジーが持つ市場を細分化していけば、それまで手紙(郵便)が保持していた市場(事務的な連絡と、相手に対する確認)や、電報が保持していた市場(緊急のメッセージ送信)から何%かを奪取し、市場構成の一部としていることが想像できます。暇潰しを目的とした「長電話」は、テレビゲームや雑誌、クロスワードパズルといった市場の一部を代替しているのかもしれません。このように、その市場を商品レベルで見るのではなく、ケースレベルで理解していけば、2.と は論理的に分け隔てられるものではなく、その市場変容の大きさのみに立脚していることが分かります(図1参照)。

「顧客志向」の考え方を利用する

前述してきた 2つの理解すべきポイント、そして 3つのアプローチを枠組みとして、以降の論を進めます。そしてその際、「顧客志向」の考え方を活用していきます。顧客の立場になって考え、顧客にとって良きことを行うという思考原理と行動原理が「顧客志向」の具現であるとしたとき、プロダクトアウトは、この思考原理、そして行動原理を梃子に出来るはずです。商品を展開するときに、顧客を理解し、顧客にとって望まれることを行うということができれば、商品を展開した際のパフォーマンスを最大化できるということになります。マイルドな表現を引き剥がして、目的と手段の関係を際立たせるならば、「商品展開のパフォーマンスを最大化するために、顧客の脊髄に電流が流れる構造を理解し、この理解をマーケティングに活用すること」です。まず、その最初のステップとして、次回以降、自社商品/サービスの構成要素を分解していくことにします。続いて、どのような「ケース」において顧客が魅力を感じるのか、そして数ある構成要素のどこに魅力を感じるのかを探り出し、洗い出すための方法を整理していきます。