前回に引き続き、この回もエンタープライズ・データウェアハウス(EDW)を成功に導くための KSF について触れます。今回は特に、EDW 構築・運営に必要な「環境要素」について説明します。これらの要素は、長年蓄積してきた、EDW 活用成功企業のベストプラクティスのノウハウを元にまとめたものです。それはこれまでにデータウェアハウス(DWH)の導入を検討し、既に導入を済ませ、あるいは DWH の拡大を考えているなど、様々なフェーズにある企業の関係者にとって、DWH の利用継続を今後も成功させるために、一度は真剣に検討する必要がある話題となるでしょう。
EDW構築・運営成功のために
DWH の構築は、特定のサーバープラットフォームやデータベースソフトウェア、あるいは検索アプリケーションツールを導入して終わりであるかのように誤解されることがいまだにあります。
特定の部門メンバーに限定された範囲内で、社内向け集計情報の分析手段を提供することが構築の最終目的である場合には、それでも当面問題ないかもしれません。しかし、効果の見えない余分なシステム投資は抑える、過剰な部門間重複投資は悪、投資の全社最適化を実現したい、などの経営者の視点からは良い考え方とはいえないでしょう。
例えば、次のような項目に代表される EDW としての DWH 構築目的から遡ってみれば、上記のような考え方が企業目標達成にとって高リスクであることが分かります。
ビジネスプロセスを横断したデータの、柔軟性のある分析活用
顧客視点から見た企業アクティビティの一貫性維持のための利用
様々な部門の人々が、同一の情報で議論できる環境の継続的提供
DWHの成長と共に環境も変化する
EDW 活用成功企業のベストプラクティスを元に、その利用のための要点を整理すると、ポイントは次の 3点となります。
DWH の利用形態が質・量共に拡大するに従い、それを利用し、支える周辺環境にも変化が必要とされること
周辺環境には、組織と管理(マネジメントおよびガバナンス)、ビジネス環境変化への対応、アーキテクチャ、安全性への配慮といった純粋なテクノロジー以外の様々な要素が含まれること
環境変化への対応内容は、詳細の実行レベルでは企業毎に異なるが、フレームワークとして内容を整理すれば、考慮に入れるべき要素(視点)には共通点が多いこと
つまり、ビジネスの中核を支える情報活用環境を育て、継続的に利益を創出する環境変化への対応性を維持するために、EDW を構築する上で必要かつ重要な鍵となる共通視点があるということです。
EDWへの成長とDWH成熟度モデル
Teradata では、この EDW への成長段階と、その各段階における環境の共通する対応性要素を二つの軸として、DWH の成熟度モデルを作成しました。
このアプローチは、ソフトウェア開発のプロセスレベル管理に関する能力成熟度モデル(CMMI)に代表される、よく知られたものです。段階を経て発展するプロセスと、その各段階で必要となる評価要素を対応付けて実際的な管理工程に役立てようという実績のある手法です。この考え方の適用分野は様々に広がっていますが、それを DWH の成熟度評価に応用したものが、ここで説明する内容です。
まず、DWH 成熟度に関する段階の考え方ですが、Teradata では、図1 のような発展段階をモデルの基礎にしています。このような発展段階の捉え方は、利益を生む EDW の活用方法として多くの企業やアナリストの評価により、実績を元に認知されたものです。

次に、成熟度段階を評価する環境要素について説明します。この要素の視点は、本稿の初めに記載したようにビジネスを成功に導く DWH 構築のために共通に適用できる視点であり、様々な立場におかれた読者にも少なからず参考になるでしょう。
DWH成熟度の評価観点
ここでは、EDW 構築成功のための環境要素を、成熟度の評価観点として簡単に紹介します。詳細レベルでは 33種類の評価要素を抽出していますが、以下では 10種類の中分類項目レベル概要を説明します。
その 10種類の評価観点を図2 に記載しています。

環境要素は、「ビジネス」「IT基盤」「データ活用活性化」の要素を含み、以下の観点から成り立っています。
ビジネス戦略要素 (1) 企業成熟度
ガバナンス要素 (2) ビジネスガバナンス (3) アーキテクチャガバナンス
意思決定力強化要素 (4) ワークロード特性 (5) 意思決定支援
データ利用高度化要素 (6) データマネジメントおよびデータガバナンス (7) エンタープライズデータ統合
信頼性要素 (8) ビジネス継続性
利用者満足度向上要素 (9) 利用者アクセス (10) コミュニケーションとトレーニング
以下、特に EDW を 強調した観点からそれぞれを説明します。
1. ビジネス戦略要素 EDW は、名前の通り全社的に一元化されたデータを利用するという特性から、自社ビジネスの発展段階とその戦略的方向性とを切り離して構築・活用するというものではありません。従って、その方向性との位置付けの整合度合いを確認するために、(1)企業成熟度の観点があります。
2. ガバナンス要素 EDW は、企業のビジネスモデル、アーキテクチャモデルに沿ったものとして維持・更新・拡大していくことが大切です。したがって、これらの要素を、(2)ビジネスおよび(3)アーキテクチャというそれぞれのガバナンス(統制)項目として評価します。
3. 意思決定力強化要素 EDW における意思決定は、戦略的なビジネス推進のためだけではありません。日常的な、例えば顧客との対面者が一貫性のある顧客対応のための意思決定を支援する、いわゆる戦術的・実務的意思決定にまで利用範囲が広がります。この点で環境変化の対応への柔軟な適用性を評価しようとするのが、意思決定力強化要素です。
4. データ利用高度化要素 EDW 内のデータそのものの管理や、周辺システムとの連携を軸に評価するのがデータ利用高度化の要素です。ここにはデータ品質やマスタデータ管理、メタデータ管理、データセキュリティとプライバシーへの対応など、諸要素への考慮が含まれます。
5. 信頼性要素 信頼性要素として取り上げるのが、(8)ビジネス継続性です。昨今、BCP(Business Continuity Plan:事業継続計画)の確立への実践度合いが注目されています。全社的なデータ活用の基盤としての EDW においても、事業継続計画の話題と無縁でいることはできません。
6. 利用者満足度向上要素 最後に、EDW の利用者へ使いやすいデータ活用環境を提供し、利用度を上げるための工夫の程度を利用者満足度向上要素としてまとめています。ここには、利用者とのコミュニケーションやトレーニングといった話題も含まれます。
いくつかの評価項目に関するサーベイ結果
Teradataシステムのユーザー会が主体となり、毎年米国の都市を会場に開催される “ PARTNERS” というコンファレンスがあります。そこでは、DWH 活用に関する世界各国のユーザー企業の事例発表や、最新技術の紹介などが行なわれる世界最大規模の DWHコンファレンスです。2006年、当コンファレンスにおいて DWH 構築企業の参加者を中心に、自社 DWH の成熟度合いの認識に関するアンケートが実施されました。
回答者数は DWH 構築をしている企業の約 450人で、40%以上がビジネス部門のマネジャー職の方々です。そのアンケートでは、DWH 成熟度に関する 5項目の観点でも、5段階の自己評価方式で自社の DWH 成熟度レベルが回答されています。厳密な定義による評価ではないものの、先進的な EDW 利用者を含めた現状の認識度合いを知る上で、読者にも参考になることを期待して結果の一部を紹介します。

図3-1 は、DWH に関わる部門役割別の評価結果です。データ保護(セキュリティ、プライバシーなど)、ビジネスガバナンス項目が比較的達成意識の高い項目となっています。データ品質や財務マネジメント(予算化など)が、今後の向上余地のある項目です。また、利用者の立場であるビジネス部門の人々の評価よりも、構築・運用の立場である IT部門の人たちの方が、ほぼ全項目で 10%程度高い自己評価をしている点に特徴を見ることができます。利用部門の方がより厳しい目をもっているということでしょう。この辺りは、日本でも同様な結果が見られるものと筆者は想定しています。
図3-2 は、3-1 と同様に選択 5項目についての、インダストリ別の評価比較です。項目ごとの達成度認識順位については、図3-1 と大きな差は見られません。またインダストリ別に並べてみても、相対的にインダストリの違いによる達成度評価の差は、それほど大きくないという結果となっています。インダストリに関わらず、このコンファレンス参加者の DWH 構築実践への認識は同程度に高いといえるかもしれません。
まとめ
今回は、成功する DWH のための KSF として、以下の点を説明しました。
成功する DWH、特に EDW は、テクノロジーだけでなく、広く環境要素を考慮することが必要です。そしてビジネス目標を実現する戦略と戦術の両面で着実に活用できる環境とすることで、利用者満足度の高い EDW 維持・継続の確率を高めることができます。
環境要素は、DWH の活用発展段階によって対応の必要とされる内容も変化します。その現在と将来への対応計画作成・管理実践のためには何らかの方向性を測る基準を設定することが必要です。
Teradata では、ベストプラクティスを元に、EDW への発展段階と必要な環境評価要素とを整理し、DWH 成熟度モデルを作成しました。これを利用することで、自社の成熟度レベルを認識し今後に向かうべき方向の道筋を明らかにすることが期待できます。